
昭和40年7月19日の朝、名古屋市中区の病院でこの世に誕生!
ナント、3850グラム母親泣かせのBIGベビー!
次男坊で生まれた私の子供時代は、絵にかいたようなとても
ヤンチャな健康優良児でした。
名古屋市内の高校卒業後は、東京都内の企業に入社。
社内のバスケット部に入部して、それなりに楽しく働いていました。
しかし、バスケットの試合中に左ひざを骨折。
治療とリハビリの為に退社して地元に戻ることに……
その後苦しいリハビリが続きましたが家族のサポートもあり、
おかげさまで体もすっかり元に戻りました。
が、その矢先25歳の時の事でした。
追突事故でムチウチになってしまったのです。
それ以降、ムチウチ特有の体の不調が続きました。
頭痛・めまい・手足のしびれ、雨が降る前後には特にひどくなり若い時には気合で何とか乗り切ることが
出来ましたが、40歳を超えた頃から体調が悪く感じる日が多くなりました。
地元の病院や整体院にも足繁く通いました。
しかし、なかなか思うように体は良い方向に向かいませんでした。
タレント業をやりながら運転の仕事をしていたのですが、仕事のせいか首・肩・腰も悪くなる一方でした。
「このままで良いのだろうか?」
時々不安になり、つい妻に愚痴を言ってしまう事もありました。
妻とは22歳の時に結婚しました。
学生時代に知り合った大切な家族です。
この幸せを続けていくためにも、体を健康な状態にしなければ……….
それから、インターネットで整体について検索していましたら、
新しい治療法『DRT』を知ったのです。
東京の治療院で少し遠かったのですが、何とかしたいという気持ちが後押しして
「一度DRTを受けてみよう」と思い予約を入れました。
予約当日に東京に行き、DRTを受けてみると劇的な手ごたえを実感して、震える程感動!
「長い間苦しんできたのに何故?」
「10分そこそこの短い治療で私の体はどう変化したのだろう?」
※あくまで、私個人の感想です。
何度か東京に通い治療を受けるうちに、
「私もDRTを学んでみよう!体の不調で苦しんでいる方々を助けてあげたい!」
と決意していました。
長く調子が悪かったせいか、整体には非常に興味がありました。
なので、学ぼうと決心するのも当然のことであったと思います。
それからしばらくして大変なことが起こりました。
母親が道路で転倒してしまい頭を強打してしまったのです。
なんと、脳内出血を起こしていました。
手術で何とか命は助かりましたが、左半身にマヒが残ってしまいました。
退院後、早速DRTを施術しはじめました。
嬉しいことに、6回目で奇跡が起こりました。
マヒがない元の体に戻っていたのです。
「DRTに出会って良かった!」
『背骨を整えれば健康になる。』
背骨と骨盤の歪みを整えることにより、壊れた脊椎の神経圧迫を回復させ、人間の自然治癒力を最大限に
引き出すことを目的としているのが『DRT』なのです。



カイロプラクティックの第一人者であるDRT整体の開発者である、上原宏先生にめぐり会っていなかったら今の私はなかったでしょう。

上原先生からDRT整体院のディプロマ(証明書)を頂いた日
